題目

「釈尊の因行果徳の二法は妙法蓮華経の五字に具足す。我等此の五字を受持すれば、自然に彼の因果の功徳を譲り与えたまふ」と日蓮大聖人は説かれました。即ち、この妙法蓮華経の法(教え)に帰依をし、信心を行うことによって、その釈尊の功徳を全て譲り受ける事ができるもので、南無妙法蓮華経の五字七字が、末代の衆生を救済する教法であることを主張されました。

 

 

・補足

南無妙法蓮華経の五字七字が、末代の衆生を救済する教法であることを「本門の題目」という。一般に典籍の題名を題目とよぶのとはその意義を異にするので注意が肝要である。一般に題目には、品評・標目・題識・詩文の命題・問題等の意味が含まれる(『諸橋大漢和辞典』)が、ここにいう題目は経論の題号の意味であり、それに対して、本門の題目には日蓮宗における独特の意義が包含されるに至るのである。即ち普通名詞としての「題目」が、固有名詞的な「題目」として「南無妙法蓮華経」を指すようになったのは日蓮聖人以後のことである。その点を厳密に区別するならば、(一)一般的に所詮の法理教義を標示する「経名としての題目」に対して、(二)独特の法華経の救済を示すために「本門の本尊」と称せられる「宗旨としての題目」を顕らかにする(『本化聖典大辞林』)ともいえよう。
 (一)日蓮聖人遺文を拝読すると、すでに佐前の『法華題目鈔』に「法華経の題目に値ふことはかたし」、「題目計りを唱ふる證文これありや」(定三九四頁)というように「題目」の語は見えるが、「本門の題目」という名称を日蓮聖人が明らかにせられたのは、佐後の『法華取要抄』(文永一一年=一二七四=五月)の「本門の本尊と戒壇と題目の五字と」(定八一五頁)、また『報恩抄』に「一には日本乃至一閻浮提一同に本門の教主釈尊を本尊とすべし。(略)二には本門の戒壇。三には日本乃至漢土月氏一閻浮提に人ごとに有智無智をきらはず、一同に他事をすてて南無妙法蓮華経と唱ふべし」(定一二四八頁)とあり、『法華取要抄』以前にも、『法華行者値難事』(文永一一年一月)に「本門の本尊と四菩薩と戒壇と南無妙法蓮華経の五字と」(定七九八頁)とある。『開目抄』においては、「妙」を釈して「具足」となし、「妙とは具足。六とは六度万行。諸の菩薩の六度万行を具足するやうをきかんとをもう。具とは十界互具。足と申すは一界に十界あれば当位に余界あり。満足の義なり」。と述べる文初に、「南無妙法蓮華経これなり」(定五七〇頁)とあるのみである。『観心本尊抄』においては、「彼は一品二半、此は但だ題目の五字也」(定七一五頁)とあるが、その趣旨は「今末法の初(略)此時、地涌の菩薩始めて世に出現し、但、妙法蓮華経の五字を以て幼稚に服せしむ」(定七一九頁)ということである。即ち、これよって確かめられるように、日蓮聖人は常に「題目の五字」、「妙法蓮華経の五字」等と用字しているのであって、題目とは「妙法蓮華経」「南無妙法蓮華経」の救済の教法を意味するものなのである。
 (二)『開目抄』において、前出の引文にあるごとく、南無妙法蓮華経の題目に諸菩薩の六度万行を具足することを述べ、次いで「具とは十界互具。足と申すは一界に十界あれば当位に余界あり。満足の義なり」(定五七〇頁)と述べて、法華経の一々文々が三十二相八十種好の仏陀であること、「十界に皆己界の仏界を顕す」こと、即ち二乗・一闡提等、すべての衆生を救済する教法であることを明らかにする。この点を『観心本尊抄』においては、「所詮、迹化・他方の大菩薩等に我が内証の寿量品を以て授与すべからず。末法の初、謗法の国、悪機なる故に之を止め、地涌千界の大菩薩を召して、寿量品の肝心たる妙法蓮華経の五字を以て、閻浮の衆生に授与せしめたまふ」(定七一五-六頁)と、久遠実成の教主釈尊が「如来寿量品の肝心たる妙法蓮華経の五字」として示す独特の救済の教法は、久遠釈尊の本化の弟子・地涌千界の菩薩によってのみ伝え示されるものであることを明らかにする。そして更に、「今の遣使還告は地涌也。是好良薬とは寿量品の肝要たる名体宗用教の南無妙法蓮華経是也」(定七一七頁)、「所謂、妙法蓮華経之五字名体宗用教の五重玄也」(『曽谷入道殿許御書』定九〇二頁)と、南無妙法蓮華経が名・体・宗・用・教の五重玄義を具足したものであることを明らかにする。日蓮聖人は前に「名詮自性」「名は必ず体にいたる徳あり」(『十章鈔』定四九〇頁)と言って、名を唱える功徳を語り示されているが、妙法蓮華経の題目は、ただ名であるのでなく、名玄義・体玄義・宗玄義・用玄義・教玄義の五重の玄義を具足していることを示しているのである。周知のごとく、天台大師は『法華玄義』において、通釈(七番共解)の上に別釈を述べ、妙法蓮華経を釈名・顕体・明宗・論用・判教相の五面から説き明かしているが、日蓮聖人の題目観はそうした内容を継承しているのである。しかし、日蓮聖人は、題目を末代衆生救済のために教主釈尊より譲り与えられた「一念三千の珠」と見た。そこでは、妙法蓮華経の五字に五重玄義が自ら収約されているものと見たのである。
 日蓮聖人がこのように、一面では天台大師の妙法五字釈を継承しつつ、他面では大きな転換を示しているのは、一念三千を凡心の観念観法の理法として見るのではなく、逆に教主釈尊よりの超越的な救済のはたらきかけを重視したからにほかならない。それを「一念三千の珠」と示されたのである。そのように題目が五重玄具足であり、名詮自性であるのは、たえずそれが教主釈尊の救済のはたらきかけであるためである。とかくすると、題目の理解がその点を離れる危険があることをよく承知しておく必要がある。日蓮聖人が「妙法蓮華経の五字」とも「南無妙法蓮華経の五字」(定七一二、七九八、一三一六、一三三七頁)といって、南無妙法蓮華経をも、帰依(南無)の意を越えて教法の意味を明らかにしていることに甚深の注意を払う必要があろう。
 (三)ところで、『曽谷入道殿許御書』においては、三大秘法中の本門題目と言わないで「大覚世尊、仏眼を以って末法を鑒知し、此の逆謗の二罪を対治せしめんが為に一大秘法を留め置きたまふ」(定九〇〇頁)と言う。以下、虚空会上の説法の儀相を述べ、教主釈尊が十神力を示して「妙法蓮華経之五字、名体宗用教の五重玄」を地涌の将導たる四大菩薩に別付嘱されることを語って、「但だ此の一大秘法を持して、本処に隠居するの後、仏の滅後、正像二千年之間に未だ一度も出現せず、所詮、仏専ら末世之時に限って此等の大士に付嘱せし故也」(定九〇二-三頁)と言うのである。ここに言う一大秘法とは収約すれば、題目の五字ということになろうが、構造的に言えば、教主釈尊より別付嘱されたる法とその救済の構造の総体を指すものと理解すべきであろう。
 (四)日蓮聖人滅後、題目の理解についての所論が行なわれていることは当然のことであるが、それらの論は、(イ)題目法体論、(ロ)信心正因論、(ハ)信行関係論(事観論・唱観論・信唱論)(ニ)三業傍正論(正助論・三力論)等の場面で行われている。日蓮聖人入滅後、直弟伝持時代には未だ十分な論の展開は見られず、天台家が法華経一部に立つのに対して、当宗は題名唱題を中心とすることを明らかにするのみで、その法体がどのように天台家と相違するかの点についての追究は必ずしも深くない。その後の展開のなかで特に論点となるのは、(イ)題目法体論と(ニ)三業傍正論のなかで、正助二行論である。
 (五)その内容に入る前に、法華経の文相と題目との関係に、「題文超越」「題文勝劣」「題文次第勝劣」「題文一致」のケースが見られる点について述べておこう。「題目超越論」とは、迹門と本門との文相には勝劣が論じられるが、題目は本迹二門を超越して勝劣がないということである。円明日澄(一四四一-一五一〇)は『本迹決要抄』等に論ずるところである。次いで「題文勝劣」とは、玄題と文相、即ち題目と法華経一部の勝劣であり、これに対しては二門勝劣も、八品勝劣も、一品勝劣もすべて第二義的な勝劣に過ぎない。題目に比べればすべて劣だからである。従って、題文勝劣には、題目と寿量品との勝劣を論ずる天目・日真、題目と八品を比べる日経、題目と一品二半を比べる日陣・日興、題目と自我偈を比べる日什なども入るのである。また「題文相対勝劣」とは、法華経の題目と法華経の文相との相対で勝劣を立てるなかで、日什が『日穆記』で「妙法蓮華経一部を読誦し奉る、方便品一十二巻、寿量品一百二十巻、十如是一千二百巻、自我偈一万二千巻、題目一億二万遍」(『宗全』第五巻一)と、読誦についてその次第を立て、経々の客観的価値を分類し、能修については、これらすべてを読誦の中に摂し、題目をも読誦とする考え方をいう。それに対して、「題文一致」とは、玄題と文相との形式的な一致を説くものである。
 (六)さて、題目法体論が論じられるのは、日蓮聖人滅後、天台宗と日蓮宗との法華経観の相違を明らかにするために「本迹論」が激しく行われたことと密接な関係がある。即ち本迹論は法華経観の相違がその論点となるが、その論の上に題目観の相違が論点となるのである。即ち京都妙顕寺の通源日霽(一三四九-一四〇五)、瞻山日具(一四二三-一五〇一)は根本法華としての題目本法と法華経一部(顕説法華)の玄収一部の題目との関連を問題としているが、いずれも一つに収約されるという一致論に結論づけられているようである。法華宗本門流の祖、慶林日隆(一三八五-一四六四)は、台・当の相違を総名と別体との関係に置き、本因下種論の主張の上から、本地においては総名の妙法を本因に下種したのであり、別の体妙等は脱益の法となるとした。それに対して六条門流の円明日澄は、題目が迹門・本門を超絶していることを主張し「本迹不二の題目」「超絶の題目」を主張した。興門要法寺の広蔵日辰(一五〇八-七六)は寿量品の妙法を種脱の法体とし、この本門の題目を「法の本尊」と呼び、教主を「仏の本尊」と呼んだ。日真門流の承慧日修(一五三二-九四)は題目は本果妙の題目であるとし、本果妙下種を説いた。近世初頭にあって、一致派の重鎮・心性日遠(一五七二-一六四二)は題目を実相の名として論じたため、天台迹門の実相と本門との区別が問題となった。日真門流の智門日求(一五七六-一六五五)は題目五字を事三千の名として、その実体を論究した。これらに対して、草山元政(一六二三-六八)は唯心的実相論、心性実在論の上から題目の本体を説く。一致派の観妙日存(-一六七一)、蓮華日題(一六三三-一七一四)は名と体との不二を説き、妙法の名のほかに無相の極理はないと言う。つまり、妙法の名と実相の体との問題という観点に立つ論のようである。日題はそれによって唱題は即ち観心を含み、このほかに観心はないと論じた。こうした論点に関連して、安国日講(一六二六-九八)は名体不二と、名は体に至るとの両義を述べている。一音日暁(一六三四-一七一四)も妙法五字は名、事一念三千は体とし、天台の理一念三千に対して本宗の事一念三千を明らかにしようとした。観如日透(一六五三-一七一七)の事がままの妙法の論もこの事一念三千と妙法五字との緊密な関連を明らかにしようとする意図に立つものであろう。これらの論を収約し、信心為本をもつて題目を論じたのが一妙日導(一七二四-八九)であり、それを実修実証の観心証道の世界において追求したのが優陀那日輝(一八〇〇-五九)であるといえよう。
 (七)正行助行論において、題目を正行とすることは同様であるが、助行を何に求めるかについては微妙な展開が認められる。早く行学日朝(一四二二-一五〇〇)は五種妙行論を説いた。その論述に展開はあれ、一如日重(一五四九-一六二三)の五種妙行論は重要であり、心性日遠がそれを継承する。安国日奥(一五六五-一六三〇)も五種行の正助にふれている。慶林日隆は正助二行について、(イ)迹門助行、(ロ)理観助行、(ハ)一部助行、(ニ)五字の五種行を述べている。
 (八)以上のように、題目を受持する修行上の要請からさまざまな観点からの論述が行われている。これらは一口に言って日蓮宗教学史上の課題として論究されるべきであろう。これは最初に明らかにした日蓮聖人の題目受持に帰結するものである。従って、たえず日蓮聖人の題目受持の教えを継承し、追体験することを願うことが基本であり、その他の先学の論はあくまでそれと現実にある凡人たるわれわれとの間隙をうめるという角度から、検討される必要があろう。(渡辺宝陽)

2015年10月31日