全仏教二元論の相対化

上座部と大乗の二千年におよぶ分断を、釈尊が説かれた「縁起」の理法から内在的に相対化する試みです


『全仏教二元論の相対化』目次

①【二千年の分断を超える縁起の理法に基づく『全仏教二元論の相対化』提唱(上座部と大乗の対立を、論理的観点から相対化し、根源的な「仏の道」への回帰を促す試み)】

②【縁起による品種の容認/仏教派閥の殻を超える智慧の対話『全仏教二元論の相対化』】

③【縁起の理法に基づく「品種の容認」と実相への回帰】

④このページ【争いは教義では止まらない。必要なのは『対立停止装置』という視点】

⑤【対立論争停止装置の概要 漫画版】

⑥【☀️縁起🌙の消防署/~全仏教二元論の相対化と、SNS時代の対立停止装置~】

 


~ご挨拶~ 妙蔵寺 住職 太田日瓏 合掌

令和8年4月13日、本日、仏弟子として長年感じてまいりました仏教の根源的な問いを、ここに謹んで提唱いたします。
上座部と大乗の二千年におよぶ分断を、釈尊が説かれた「縁起」の理法から内在的に相対化する試みです。

この提唱は、今日まで仏教史上なされてきませんでした。その背景や原因につきましては、本稿をご覧いただけますと幸いです。

どうか静かな心でお読みいただき、自らの内観とともに仏道の原点に立ち返るきっかけとしていただければと思います。

また、現在、日蓮宗総本山身延山久遠寺では「共に生き、共に栄える」を掲げた「共栄運動」が推進されています

「共に生きる」とは、世界中の人々が互いを思いやり、支え合いながら力強く生きること。
「共に栄える」とは、共に幸せを感じ、笑顔でいられる社会を目指すこと。

この理念を本当に実現していくためには、これまで続いてきた仏教内部の対立についても、融和の方向へと向き合っていく必要があると考えています。

分派や離脱を否定するものではありません。ただ、争い続ける状況は見直していく必要があると考えています。

時代もまた、私たちと同じいのちとして呼吸し、生き続けています。
だからこそ、私たちもまた変わっていく必要があると思います。

令和8(2026)年4月13日

南無妙法蓮華経
一心欲見佛合掌礼拝